制度・問題点

赤い羽根の原点は戦争孤児・引揚者支援だった。あの精神は今どこにあるのか

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今日8月15日は終戦の日だ。そして赤い羽根共同募金もまた、あの戦争の焼け跡から生まれた制度だということは、あまり知られていない。当時、何を支えるために生まれ、誰を対象にしていたのか。そして80年近くたった今、その精神は今の赤い羽根にどれだけ残っているのだろうか。

赤い羽根の原点は戦争孤児・引揚者支援だった。あの精神は今どこにあるのか

1947年(昭和22年)、「国民たすけあい運動」として始まったのが赤い羽根共同募金の起源だ。当時の厚生省の調査では、全国で保護が必要な世帯は90万世帯以上・316万人にのぼり、大都市には戦災孤児が数十万人いたとされる。戦前に6,700か所余りあった民間の社会福祉施設は、戦後3,050か所まで激減し、その大半が戦災で致命的な損害を受けていた。

第1回の運動が支えたのは、戦争で家族を亡くした遺族、空襲被災者、外地からの引揚者、復員軍人・傷痍軍人、抑留者の留守家族、戦時産業からの失業者だった。集まった約6億円(現在の貨幣価値で約1,200億円相当)は、戦争孤児のための孤児院、夫を亡くした母子のための母子寮、傷痍軍人のための身体障害者施設などの整備に充てられた。「赤い羽根」というシンボルが採用されたのは翌1948年(運動2年目)からだ。

つまり原点にあったのは、戦争という国家的な出来事が生んだ具体的な被害者を、地域の人々が互いに支え合って救おうとした運動だった。

対象はいつ、なぜ「地域福祉全般」に広がったのか

制度の対象が大きく変わる転機は2000年(平成12年)にあった。1951年制定の「社会福祉事業法」が「社会福祉法」へと改正・改称され、目的に「地域福祉の推進」が加えられた。これは「措置から契約へ」と呼ばれる社会福祉基礎構造改革の一環で、行政が一方的に福祉サービスを割り当てる仕組みから、住民同士が地域の課題解決に参画する仕組みへと重心を移す改正だった。

この法改正を境に、赤い羽根の助成対象は、戦争被害者という当初の枠組みから、高齢者福祉・障がい者支援・子どもの居場所づくりなど、地域で生じるあらゆる福祉課題へと広がっていく。現在の社会福祉法117条が定める「社会福祉を目的とする事業を経営する者」という助成対象要件も、この枠組みの延長線上にある。

戦争被害者の救済という具体的な起点から、「地域福祉」という抽象度の高い概念へ——この変化をどう捉えるかによって、その後の対象拡大への評価も変わってくる。

赤い羽根共同募金の歩み(1947年〜2026年)1947年の制度創設から、1948年の赤い羽根シンボル採用、2000年の社会福祉法改称による地域福祉への対象拡大、近年の外国にルーツがある人々への支援、2026年の北海道共同募金会の事件までを示す年表1947年制度創設戦争孤児・引揚者傷痍軍人らを支援1948年赤い羽根採用寄付済みの証としてシンボル化2000年社会福祉法へ改称地域福祉全般へ対象が拡大2020年代外国ルーツ支援クルド人支援など地域福祉の一環として2026年北海道の事件着服疑いが発覚・報道

出典:赤い羽根共同募金 公式サイト・社会福祉法の解説資料・報道各社(当サイト作成)

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なぜ外国にルーツがある人への支援なのか

近年、赤い羽根がクルド人支援団体に助成していることがSNS上でたびたび話題になる。当サイトが赤い羽根共同募金の公式活動報告を確認したところ、埼玉県の「クルドを知る会」への活動拠点立ち上げ助成(2021年度・384,693円)、「難民の背景をもつクルド人幼児のためのプレスクール事業」への助成(2024年度・345,295円)など、複数の助成が実際に確認できた。金額自体は数十万円規模のものが多く、赤い羽根の助成事業全体からすればごく一部にすぎない。

公式の活動報告書によれば、これらの事業は、住民票を持てないなどの事情で公的サービスにアクセスしづらい家庭への日本語学習支援や生活相談が中心だ。ある報告書では、支援対象となった子どもが「万引きをしている」というデマとともに顔出し動画を無断でSNSに掲載される被害に遭ったことも記録されている。こうした孤立や偏見への対応も、地域福祉の一環として位置づけられている。

一方で、「戦争被害者を支えるために始まった制度が、なぜ在留資格をめぐって係争中の人々への支援にまで広がっているのか」という疑問を持つ人がいるのも事実だ。この疑問は、前段で見た「地域福祉」という概念の広がり方そのものへの問いでもある。外国籍・無国籍の住民が地域で孤立する状況を「地域福祉の課題」と見るか、「制度の対象外」と見るかは、突き詰めれば社会福祉法117条の解釈と、それぞれの福祉観の違いに行き着く。どちらが正しいと断定できる話ではなく、赤い羽根に寄付する一人ひとりが、自分なりの答えを持つべき問いなのかもしれない。

なぜ不正が起きるのか

もう一つの「なぜ」は、外国人支援の是非とはまったく別の次元の問題だ。2026年6月、北海道共同募金会をめぐり、年間6〜7億円の募金のうち約1億8,000万円の使途が確認できなくなっていたと報じられた。当時の事務局長(58)による着服の疑いがあるとされ、道内の福祉施設への助成が一時停止する事態となった。

これは「対象をどこまで広げるか」という政策論とは違い、単純な内部統制・ガバナンスの欠如だ。通帳と印鑑を一人の職員が管理し続けられる体制があったこと自体が、そもそもの問題だったと言える。当サイトが別記事で分析したように、はねっとに登録されている助成額は公式募金総額の約83%にとどまり、残り約17%の使途は一般の寄付者には確認できない構造もある。

「困ったときはお互いさま」という戦後の相互扶助の精神を掲げながら、その運営実態がどこまで信頼に足るものかは、寄付者自身が問い続けるしかない部分でもある。

終戦の日に、原点との距離を測る

1947年、赤い羽根は戦争が生んだ具体的な困窮者を支えるために生まれた。2000年の法改正で対象は「地域福祉全般」へと広がり、今では外国にルーツがある人々への支援も、その延長線上に位置づけられている。それをどう評価するかは、一人ひとりの福祉観に委ねられている問いだ。

一方で、その運営体制が原点の「たすけあい」の精神にふさわしいものであり続けているかは、また別の問いだ。北海道の事件や、はねっとの非公開分の存在は、対象の広さとは無関係に、組織としての信頼性そのものへの疑問を投げかけている。

戦争の焼け跡から生まれた運動が、80年近くたった今、何を支え、どう運営されているのか。終戦の日は、その距離を一度立ち止まって測ってみる日でもあるのかもしれない。

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